茨城県畜産センターでは,優良受精卵を安定して供給するために農家庭先採卵を実施しています。肉用牛の繁殖農家では優良血統の導入や後継繁殖雌牛の確保といった優秀な基礎雌牛の整備,酪農家では高能力牛の乳量や体型面の育種改良や付加価値の高い黒毛和種子牛の生産を目的として受精卵移植技術が活用されています。平成2年に導入された農家採卵車(ET車:受精卵回収設備を備えた車両)の老朽化に伴い,平成20年1月より新型ET車による農家庭先での採卵を実施しています(図1)。
図1 平成20年1月より使用している新型ET車

 回収された受精卵は受精卵保温輸送箱で当センターに持ち帰ってから凍結するため,車内に凍結機器が不要となり新型ET車の車体は大幅に小型化されました。そのため,これまで地理的に庭先に出向くことが困難だった農家での採卵も可能となりました。
 新型ET車での採卵成績(平成20年1月〜平成21年5月末日まで)を表1に示しました。
表1−採卵成績(平成20年1月〜平成21年5月末日)

採卵頭数 回収正常卵 正常卵率 平均正常
卵数
(頭) (個) (%) (個/頭)

黒毛和種 51 240 51.0 4.7

乳用種 23 64 55.2 2.8

合 計 74 304 51.8 4.1

 農家繋留牛74頭(黒毛和種51頭および乳用種23頭)から採卵し,回収した正常卵は合計304個,正常卵率は51.8%でした。黒毛和種の採卵では高価な種雄牛精液を利用する方が大半を占め,ホルスタイン種の採卵では採卵用性判別精液を利用する方も見うけられるようになりました。平成10年度以降採卵成績に多少の増減はあるものの大きな変動はなく,概ね安定して受精卵供給の役割を担っています。牛体内受精卵は,プログラムフリーザーを用いてエチレングリコールおよびトレハロースによる緩慢凍結法により凍結保存しています。この方法は融解後ダイレト移植が可能なため広く畜産現場に普及しています。一方,体外受精卵は上記の凍結方法では生存性や受胎性が低下すると言われており,バイオプシーによる性判別胚および経膣採卵等で採取した。
 卵子での体外授精卵は一般的に体内受精卵よりも受胎率が低く,普及の妨げになっています。
 当研究室では体外受精卵を有効利用するために,この技術的問題を解消する保存方法としてアルミプレートガラス化保存法の研究に取り組んでいます。本法は,液体窒素で冷却したアルミプレート上にエチレングリコールやトレハロース等の耐凍剤の濃度を著しく高く調整したガラス化液を滴下して急速冷却します(図2)。
図2 アルミプレートガラス化法に使用する器具


 「ガラス化」とは分子が結晶構造を作らずに固体化することで,ガラス化液で平衡した受精卵を急速冷却すると細胞内に氷の結晶が作られないガラス化状態となり,加温後の生存率は体内受精卵と有意差がありません(表2)。
  体外受精卵の移植試験では12頭中5頭(41.7%)が受胎し,凍結保存胚よりも効率よく受胎させることができました。アルミプレートガラス化法でガラス化保存することで,超音波診断装置による生体からの経膣吸引卵子や食肉処理場由来卵巣から採取した卵子で作出した体外受精卵を有効利用することができます。
 当センターでは受精卵移植による牛の改良増殖や安定した畜産経営に寄与できるよう,今後とも引き続き農家採卵や受精卵移植技術の試験研究を推進していきたいと考えています。
表2 ガラス化保存した受精卵の加温後の生存率

生存胚数 生存率
(個) (個) (%)

20 19 95.0

20 19 95.0

23 21 91.3