戸辺 久夫 (とべ ひさお)
戸辺 まちよ(とべ・まちよ)
茨城県久慈郡大子町
《認定農業者》《家族経営協定締結》
発表事例の内容
1 地域の概況
 大子町は茨城県最北西端で町の中心は海抜103mに位置し、西は栃木県、北は福島県に接している。県庁所在地である水戸市の北約55q、栃木県宇都宮市の北東約70q、福島県郡山市の南約80qの距離にあり、水戸市と郡山市を国道118号線及びJR水郡線で結んだ、そのほぼ中央に位置する。町域は東西19q、南北28qでやや南北に長いほぼひし形の形に広がり、阿武隈八溝山系に囲まれた総面積326ku、林野率81%である。面積の約8割は、八溝山系と阿武隈山系からなる山岳地で、年平均気温は12.5℃、年間平均降水量は1,400〜1,500oと低温多雨の山岳気候の地域である。
 人口は21,641人(平成18年現在)で、昭和30年の町村合併時と比較して21,483人も減少している。
 農家数は2,569戸であり、うち専業農家数283戸、兼業農家数2,286戸、経営耕地面積1,106haとなっている。農業産出額は405千万円で、上位から米88千万円、肉用牛83千万円、豚76千万円、乳用牛46千万円、りんご42千万円の順となっている。町の総面積は県全体の約20分の1を占めているが、耕地率は9%と低く、1戸当たり平均耕地面積は93aとなっている。
 営農形態は、水稲、こんにゃく、茶、りんご、しいたけ、繁殖和牛、酪農を基幹作目とする複合経営が主体である。
 畜産については年々飼養頭数及び農家戸数が減少傾向であるが、平成18年2月1日現在、乳用牛34戸860頭、肉用牛285戸2,930頭と畜産の占める割合が県内でも高い町である。町内には大子家畜市場を有しており、年間6回市場が開催され、肉用子牛年間市場出荷頭数980頭(平成18年)となっている。
 また、日本三大瀑布のひとつ「袋田の滝(四度の滝)」を中心とした山紫水明な奥久慈県立公園に年間140万人が訪れる観光の町でもある。

2 経営・生産の内容
1)労働力の構成(平成19年7月現在)


2)収入等の状況(平成18年1月〜12月)

※販売額は個人情報のため掲載しておりません

3)土地所有と利用状況


4)自給飼料の生産と利用状況(平成18年1月〜12月)


5)経営の実績・技術等の概要
(1) 経営実績(平成18年1月〜12月)


(2) 技術等の概要



6)主な施設・機械の保有状況


7)家畜排せつ物の処理・利用状況
(1) 処理の内容


(2) 利用の内容



3 経営の歩み
1)経営・活動の推移


2)過去5年間の生産活動の推移


4 特色ある経営・生産活動の内容
1.酪農経営の安定
 @ ET和牛生産
 昭和54年生乳生産調整・乳価の低迷、平成3年の牛肉自由化による副産物収入の減少等で酪農収入が減少した。それを補うために平成3年よりET和牛子牛生産を開始した。開始当初は、家畜市場での一部の偏見(乳牛の腹から生まれる)からF1と区別が出来ない方が多く安く買いたたかれた。偏見を克服するため、受精卵移植研究会で教育普及ビデオを製作し、事あるごとに説明したことや飼養給与を改善したことで、現在は評価も変わり高い評価を得ている。
 平成18年においても、12年ぶりの減産型生乳計画生産の実施、米国におけるトウモロコシを原料としたバイオエタノール増産に伴う購入飼料価格の高騰で酪農経営は非常に厳しかった。
 そのような状況の中、ET和牛販売収入が経営の安定に大きなプラスをもたらした。

表1 ET和牛子牛販売頭数


 A 技術指標より低い生産原価
 主要3品目の費用合計に占める割合は、飼料費45.4%、労働費14.9%、減価償却費8.9%、全体の69.2%である。生乳100s当り牛乳生産原価は6,449円技術指標(7,536円以下)よりコスト低減が図られている。このことは、育成舎、ヌレ子哺育ハッチ等を手作りしてコスト低減につとめてるほか、自給飼料生産においても、表2のとおり購入乾草価格と比べてTDN1s当り38.9円安く生産している。

表2 輸入乾草価格と比較した自給飼料生産価格


輸入乾草価格


2.家畜市場の活性化に一役
 高齢化による繁殖農家戸数の減少で、年々大子家畜市場の上場頭数は減少傾向にある。そのような中、酪農家による乳肉複合経営の開始によりET和牛子牛の上場が始まり、一定の上場頭数を酪農家生産の和牛で補うことができている。さらに戸辺牧場では、出荷頭数を増やすため、平成17年から県内酪農家と連携体制を構築して、生後2ヵ月齢のET和牛子牛を市場平均価格の半値で買い取り、育成して市場に出荷している。

3.地域循環型酪農の実施
 平成8年草地畜産特別対策事業を活用してたい肥化施設及び関連機械を導入。耕種農家のニーズに応えるため、副資材にモミガラ、稲ワラを使用、発酵促進剤として米ぬかを添加している。販売においては、大子一高農業科卒業生グループ「若葉会」の耕種農家と連携をとり、バラ・袋詰め等で販売、販売額1,200千円を上げている。また、地域の水稲農家と稲ワラ交換(水田100a)も行っている。最近は品質の良さが評判となり、グループ外(町外)からの注文が増えてきた。

5 地域農業や地域社会との協調、貢献
地域の農業・畜産と共存・共栄のための活動
・大子町受精卵移植研究会

(1) 活動実施の目的と背景
@ 県立大子一高農業科の危機 昭和58年以降、農業者への道を目指す農業高校卒業者の就農者数(全国:2,100人、茨城県18人)の減少は、農業高校再編成整備の渦中にあった県立大子一高においても例外ではなかった。農業科学級募集停止の話が流れた。しかし、存続を目的とし、卒業生グループ「若葉会」とが一体となり、関係機関の協力を得ながら、昭和63年に地域活性化プロジェクト6部門を(大家畜・しいたけ・コンニャク・お茶・りんご・コンピューター)進めた。大家畜部門では戸辺久夫氏が中心となり当時新技術として注目されていた受精卵移植に取り組んだ。
A 酪農家経営の不安 昭和54年の生産調整、平成3年の牛肉輸入自由化により、酪農家の乳代収入及びスモール・廃用牛の副産物収入は大幅に減少した。そのような情勢の中で、受精卵移植によるET和牛子牛の生産は、山間部で規模が小さく制約の多い環境の酪農家にとって、副産物収入の増大という点で経営の安定化に非常に有効な方法であった。
B 研究会の設立 県立大子一高における新技術の導入にあたっては、酪農家、酪農組合、畜産農業組合、町、農業改良普及センターなど関係機関の協力を経ながら、「受精卵移植技術」をもととする地域振興活動が、産学連携に「生き残りを掛けて」始動した。昭和63年県試験場の技術協力を得ながら、採卵や移植等実証試験を開始した。平成元年大子一高において、乳牛から双子の和牛ET産子を始めて生産することができた。畜産の町ともいえる大子町において「和牛の増産」「乳牛の改良」の両面で非常に有効といえる受精卵移植技術を、関係機関が一体となって、更に広く推進する必要があると考えられた。そこで、町の畜産に係わる全ての団体に参加協力を要請し、大子一高、保内合酪農組合、大子畜産組合、農業改良普及センターが参画して平成2年「大子町受精卵移植研究会」(会員26名)が設立された。
 
(2) 活動の成果
@ 教育機関への貢献 平成2年6月には、大子一高農場に受精卵採卵処理施設が設置され、地元での受精卵の採卵及び凍結が可能となった。その結果、農場実習の一環として生徒が一緒になって処理することにより、農業教育に貢献することとなった。農業教育の領域に、地域農業の研究開発センター的機能の一端を連動させることにより、新農業教育形態を確立し、新たな担い手育成に貢献している。
A 酪農経営の安定 減産型生乳生産の中では、増頭による経営の安定は望めない。受精卵技術を活用することによって、ET和牛子牛を生産し、家畜市場で販売することにより、経営の安定を図ることが可能となった。
B 大子家畜市場の活性化 高齢化等による繁殖農家戸数の減少により、年々上場頭数が減少傾向にある。そのような中、酪農家による受精卵移植の開始で和牛子牛の上場が始まり、一定の上場頭数を酪農家生産の和牛子牛で補うことができた。

<地域資源の循環型畜産の実施>

・耕畜連携による堆肥販売
 堆肥の販売は、大子一高農業科卒業生グループ「若葉会」と連携をとり、順調に販売されている。当地域は、奥久慈りんご、奥久慈なす、奥久慈特栽米の栽培が盛んな所でもあり、特に特栽米「奥久慈の恵み」は牛ふん堆肥を使った土づくりを基本としている。
 堆肥の品質は、耕種農家のニーズに応えるべく副資材にモミガラ・稲ワラを使用し、発酵促進と品質の斉一化を図るため米ぬかを添加している。また、広域的に販売するため茨城県たい肥利用促進協議会のネットで生産者を紹介している。

担い手育成
・研修生の受け入れ
 農業経営士として、地元清流高校生や県立農業大学校生及び新採農業改良普及員を受け入れて体験実習を行うなど後継者・指導者育成の一翼を担っている。

畜産への理解を深める活動
・見学者の受け入れ
 地元の小中学生を対象に、農場見学等を受け入れ、町の産業の1つである酪農経営の知識と牛乳の安全・安心の意識を持ってもらうことに努めている。

地域活性化のための活動
・消費者との交流
 大子町産業祭や酪農組合主催の牛乳まつりに参加して、搾乳体験、乳製品の販売等を行い、消費者と交流を図りながら、消費拡大運動も行っている。

6 今後の目指す方向性と課題
(1) 受胎率の向上
 受胎率については試行錯誤を繰り返しているが、現在約40%である。今後は原点に返って、飼養管理の徹底を図り、発情及び排卵確認、栄養状態の観察(代理母のボディコンディション)、などをしっかり行う。

(2) ET事業に夢を託す
 昭和54年の生産調整、乳価の低迷、さらには平成3年の牛肉自由化等により副産物価格が減少したことを体験している。減少分を補うため平成3年よりET和牛生産を開始し今日に至っている。
 今後の経営方針としては、早い内に酪農部門を息子に譲渡し、和牛子牛生産部門を自分で行い、移植経費の低減を図るため優良系統雌牛を自家保留し、新たな展開としてクローン技術など新技術へもチャレンジして行きたい。また、受精卵移植研究会会員とともに所得向上・家畜市場の活性化に努め、次回の市場に夢を託し、未来を夢見ることのできる経営としたい。

写真

牛舎全景 成牛舎内部
カーフハッチ 和牛用牛舎
成牛房 堆肥舎全景
発酵施設 販売堆肥
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