当初は,電気牧柵の設置の仕方や放牧牛の馴致方法など様々な課題が考えられましたが,実際に放牧を実施していく中で解決され,具体的な手順を示した茨城県版の「放牧マニュアル」も作成されています。(畜産協会のホームページで閲覧できます。)
 耕作放棄地を利用した放牧は,畜産農家の省力化と生産コストの削減に加えて,地域の景観維持,イノシシ防除などのさまざまな効果もあることが理解され,その面積は年々増加し県内全域に広まっています(表参照)。
表.耕作放棄地を利用した放牧実施面積の推移
    15年度 16年度 17年度 18年度 19年度 20年度
常陸太田市 1.2 1.0 1.4 1.3 2.5 2.4
高萩市 - 0.8 1.8 2.6 3.7 3.7
北茨城市 - 0.5 1.1 1.4 1.8 3.2
日立市 - - 0.5 0.5 0.5 0.5
常陸大宮市 - - 0.8 0.7 0.7 0.7
大子町 4.0 5.4 17.4 24.6 31.6 38.1
県北計 5.2 7.7 23.0 31.1 40.8 48.6
県計 6.5 12.4 24.8 37.0 51.2 69.4
 注:単位はヘクタール,畜産課調べによる
 高齢化などにより農業の担い手が減少し,耕作放棄地が増加してきており,大きな問題となっています。県北地域における耕作放棄率は27%にも達しており,県全体の14%を大きく上回っています(2005農林センサス)。耕作放棄地の解消法のひとつとして,和牛の放牧が大変注目されています。
 県内における電気牧柵を使った耕作放棄地への和牛放牧は,畜産センター肉用牛研究所が中心となって,平成15年に金砂郷地区に20アールの実証圃を設置し繁殖牛2頭を放牧したことから始まりました。
●大子町での取り組みについて
 大子町は繁殖農家戸数約250戸,繁殖雌牛約1,300頭が飼養されており,県内の繁殖和牛の約3分の1を占める産地ですが,農家の高齢化,後継者難から飼養戸数,頭数ともに年々減少の傾向にありました。
 そこで,様々な技術を活用した増頭対策と繁殖農家の所得向上を目的として,大子町畜産農業協同組合と和牛農家,大子町,関係機関が平成16年に「大子町繁殖和牛経営活性化協議会」を設置し,「電気牧柵を利用した簡易放牧」の普及を積極的に推進しています。電牧器の購入や設置の支援に加え,牛のいない集落への出前放牧のあっせんなども行っており,耕作放棄地への和牛放牧が町内に広く定着しています。
●立神集落の取り組み事例
 生瀬地区の立神集落は,名勝「袋田の滝」に近く鳥獣保護区であるため,耕作放棄地が増えると共にそこがイノシシの巣となってしまい,その獣害に苦慮していました。
 和牛放牧がイノシシ駆除に有効と知った地権者9名が,耕作放棄地約2ヘクタールに電気牧柵を設置しました。かつては沢山いた牛が集落内には今はいないため,活性化協議会のあっせんにより,20キロ以上離れた黒沢地区から2頭の繁殖雌牛を借り受け,平成19年5月から放牧を開始しました。
 雑草が繁茂し,まるでジャングルのような状態であったものが,すっきりと見通しがよくなって景観が改善すると共に,イノシシも寄りつかなくなったそうです。
 今年も,やや遅れましたが6月19日から同じく2頭を借り受けて放牧が始まっており,さらにもう1頭入れる予定になっています。集落では,牛を見ながらの散歩コースとして,放牧がすっかり定着しているようです。
●新たな取り組みの事例
 高柴地区の耕作放棄地で,また新たに放牧が始まっています。
 かつて和牛農家が草地造成を行ったものの20年程放置されていた約1.2ヘクタールに,活性化協議会の支援を受けて電気牧柵を設置し,多頭飼育農家である黒田さんが5月22日から繁殖和牛2頭を放牧しました。集落から離れた奥まった一画で,山に囲まれており,山際には水も溜まっていて飲み水の心配もなく,放牧するにはうってつけの場所です。

 放牧場での滑落事故により大事な牛を廃用にした経験もあるという黒田さんですが,当初は心配で毎日見に行ったが見に行く回数はだいぶ減った,2頭いなければボロ出しなどの労力はかなり違う,もっと放牧に出してもいいが,耕作放棄地はたくさんあっても意外と適した場所がない,とのことでした。
 実は3頭目を追加して放牧することも考えていたのですが,予定していた牛に蹄病が見つかり処置したばかりで放牧に出せず,計画どおりにはいかない面もあるようです。
●課題として見えてくること
 飼養管理労力の軽減と飼料費の低減の効果は高く,実際に放牧に取り組んだ農家では,「最初はこんな簡単なもので大丈夫かと心配だったが,牛舎の糞出し作業から解放され,もっと早く取り組めば良かった」との感想を持っています。
 一方で,まとまった面積の土地が確保できない,放牧に適した場所は意外に少ない,いま放牧に出せる牛がいない,など,放牧に踏み出せない要因も多くあります。土地の確保や牛の貸借など,行政や農協等の積極的な支援が,ますます必要とされます。
 さらに,ある耕作放棄地が放牧によって解消されたとしても,そこが放牧地で固定化してしまうという面もあります。別の耕作放棄地へと放牧が展開し,放牧により解消された放棄地が再び耕地として利用されるようになる状態が理想と考えます。
 また,耕作放棄地での放牧がどんどん増え,それに伴って繁殖和牛がどんどん増える,というのもいいと思います。しかし,県全体の耕作放棄地放牧の55%を占める大子町でも,頭数の減少に歯止めはかかったものの,なかなか増頭には結びつかないというのが現実です。
 ●耕作放棄地放牧の定着へ向けて
 さて,耕作放棄地を継続的に放牧利用していくためには,牛に必要な草量を確保するため,草地化を図る必要がでてきます。雑草は再生が悪いため,一般的には春から秋まで生い茂った雑草を利用して放牧した後,9〜10月に牧草の種子を播種して牛を放牧し,蹄耕法で草地造成を行います。
 肉用牛研究所と普及センターでは協力して,放牧に強い永年草地造成のため芝型草種(センチピードグラス)導入の実証試験を実施しています。6月頃に播種し,放牧しながら3年程かけて草地の育成を行いますが,定着した放牧地では十分な草量が得られています。
 また,県北地域では水田跡地の利用も多いため,湿害に強い草種(レッドトップ,リードカナリーグラス)による草地造成試験も,肉用牛研究所を中心に現地で取り組まれています。
 なお,実際に放牧を始めるにあたっては,現地の状況によって準備が変わってきますので,最寄りの農協,普及センター等によくご相談下さい。

放牧前−ヒメジオンに覆われていた

放牧後−ヒメジオンは全くなくなった