「軍鶏」は、江戸時代初期に闘鶏用として日本に入ってきました。従来、闘鶏に使用されていた各地方の地鶏や、平安時代に中国から入った「小国」よりもずっと勇猛な「軍鶏」は、戦国時代の荒々しい気風が未だ色濃く残っていた時代によくマッチして、全国的に盛んに飼育されるようになりました。そして闘鶏に敗れた鶏を鍋にして食べたことから、その味の良さが広く知れ渡りました。
  江戸時代では、名物として軍鶏鍋を食べさせる店が繁栄しました。池波正太郎の“鬼平犯科帳”にも、本所二ツ目の軍鶏鍋屋“五鉄”が度々出てきます。当時はスキヤキ仕立てで割下は甘辛、牛蒡の笹がきと内臓も一緒に煮たそうです。そして熱いところを、ふうふう言いながら食べるのです。・・・美味しそうですね。
  「軍鶏」肉の味の良さは知れ渡ったものの、闘争生が強いためその飼育は難しく、生産量は僅かなものでした。鶏肉は多くの場合、農家などの庭先で小羽数飼育して卵を採っていた鶏を、特別な時(冠婚祭等)に絞めて、食べたものです。決して柔らかい肉ではなかったものと思われますが、滅多に食べられなかったこともあり、特別美味しく感じたのでしょう。また、農家をまわって、廃鶏を少しずつ買い集める業者もいました。このような時代が長く続きましたが、第二次大戦後になると、戦中にアメリカ軍の食料用として開発されたブロイラーが、日本でも生産されるようになり、鶏肉がいつでも安く手に入るようになりました。しかし、促成栽培とでも言いたくなるような短期間に肥育されたブロイラーは、焼いたり炙ったりした場合は兎も角として、食材としては以前の鶏肉との味の差は大きく、経済の発展につれて、もっと美味しい鶏肉を求める声が挙がってきました。これに応えて昭和50年代中頃から、各県で高品質肉用鶏の育種が競って始まりました。その育種素材として、「軍鶏」を用いる例が多く見られます。「軍鶏」肉は美味しいと言う定評があったからでしょう。
  (社)日本食鳥協会が発行している“国産銘柄鶏ガイドブック”2007年版には、地鶏として51種(同じ種鶏の組み合わせて別の名称を付けている場合も、まとめて1種と数えました。)が採録されていますが、その内、「軍鶏」の血が入っている地鶏は25種になります。  
  更にその中で“しゃも”が付いた名称を持つのは、下記の12種です。
    @青森シャモロック  A川俣シャモ
    Bやさとしゃも    C奥久慈しゃも
    D栃木しゃも     Eタマシャモ
    F彩の国地鶏タマシャモG一黒シャモ
    H駿河シャモ     I近江しゃも
    J伊予路しゃも    K豊のしゃも
(さつま若しゃもは薩摩鶏の交配種、東京しゃもは銘柄鶏に分類されています)
「軍鶏」の血を引きながら“しゃも”の付かない名称の鶏は、13種です。
    @南部かしわ     Aやまがた地鶏
    B甲州地どり     C熊野地どり
                               (別称 松坂地どり、伊勢二見ヶ浦夫婦地鶏)
    D京地どり      E大和肉鶏
    F紀州鶏       G鳥取産大山地どり
    H阿波尾鶏      I媛っこ地鶏
    J土佐はちきん地鶏  Kはかた地どり
    L天草大王
これらの鶏はみな二元以上の交配種ですが、「軍鶏」と交配する素材鶏として特定JASで言う“在来種”のみを使用している鶏は、次の5種です。言い換えれば、特定JASの定義による、在来種由来血液百分率が100%の鶏です。
    @奥久慈しゃも   A一黒シャモ
    B伊予路しゃも   Cやまがた地鶏
    D京地どり
  この5種の地鶏において、「軍鶏」と交配している在来鶏は、名古屋、ロードアイランドレッドおよび横班プリマスロックです。この3種は、他の多くの地鶏にも素材鶏として用いられていますが、特にロードアイランドレッドは、51種中31種と大半の地鶏にその血が入っています。これは産卵率が高く雛生産に有利であること、肉の味もかなり良いこと、性質が温順で飼育し易いこと及び羽色が地鶏に向いていることなどからと思われます。
  奥久慈しゃもは、雄系が「軍鶏」、雌系は名古屋×ロードアイランドレッドの交配種ですので、地鶏としては勿論、100%地鶏の中でも最も典型的な地鶏といえるでしょう。
  さて、季節は冬です。鍋の季節です。どうぞ、江戸ゆかりの軍鶏鍋で温まって下さい。