1 はじめに
人間と同様,動物は一生のうちに様々なストレスにさらされます。ストレスとは,「動物が環境や管理上の不良条件に対処するために生理・生体面で異常または極端な調整を行う状態」のことです。ストレスの要因をストレッサーといい,@物理的ストレッサーA化学的ストレッサーB生物的ストレッサーC心理的ストレッサーに分類できます。「ストレスはない方がいいじゃない」と思われるかもしれませんが,これらのストレスが全く存在しなければ本来生体が持っている適応性が失われてしまうため,適度なストレッサーは必要です。しかし,過度のストレッサーにさらされると体を守るべき生理機能が低下してしまったり,それが元で病気を引き起こしたりと悪い方向に働いてしまうのです。このような過度のストレッサーをできるだけ抑えた至適ストレス状態を維持した飼養環境が,生活に最適な環境といえます。私たちは,豚の至適ストレスを調査するために3年間の試験を行いました。


血圧測定の様子
2 方法
1) 試験1
豚がストレスを感じた時にどのような反応を示すのかを簡易的かつ客観的に捉える方法を検討しました。豚のストレッサーとして,治療や採血を行う時に使用する鼻保定器を使用し,保定前・保定中・保定解放後に生理機能として脈拍・血圧値(手首用デジタル血圧計で測定)・体温・血糖値(小型血糖測定器で測定)・ヘマトクリット値・ヘモグロビン・白血球数等を測定しました。
2) 試験2
次に飼育密度をストレッサーとして,試験区を通常飼養・放牧・密飼いの3区に分けて試験を行いました。測定項目は,試験1の測定項目に加えて肉質検査を行いました。
3) 試験3
床の構造の違いによる豚のストレス軽減の可能性を検討しました。試験区を通常飼養しているコンクリートスノコと,ゴムマットを使用したものに分けて行い,測定項目は試験2と同様に行いました。

3 結果
1) 試験1
鼻保定器によるストレスをかけると血圧値および血糖値が高値を示しました(表1)。しかし,脈拍数,体温,ヘモグロビン,白血球数,急性糖蛋白,活性酸素などは血圧値や血糖値,ヘマトクリット値のようにストレス負荷時に明確な変動は見られませんでした。これらの結果から,ストレスの簡易測定値としては血圧値および血糖値が適しているものと思われます。

    表1
2) 試験2
血圧値は放牧区・密飼い区において高い値で推移しました。また,血糖値は2週目で有意に高くなりましたが,その後は減少しました(表2)。一方,一日平均増体重は,通常区に対し,密飼い区および放牧区が有意に低い結果となっています(図1)。
密飼いではストレスがかかる事が知られていますが,試験2の結果より,放牧区も程度の差はあるものの検査結果が同様の動向を示した事から,密飼いだけでなく放牧もストレスが付加されたことが示されました。

    表2


図1 一日平均増体重
2) 試験3
 血糖値・血圧値において,ゴムマット区で低い値で推移しました(表3)。また,今回は掲載していませんが,ストレスホルモンと呼ばれているコルチゾル*  が期間中コンクリート区よりもゴムマット区で,低い値で推移したことからストレスが軽減されていると判断しました。一日平均増体量において,ゴムマット区が高い値を示した事から(図2),寒冷期に豚房にマットを敷く事で保温効果をもたらし,蹄を保護する効果があるものと思われ,よりストレスの少ない環境が実現できたのではないかと考えられます。

    表3


図2 一日平均増体重
4 まとめ
豚は一生のうちに様々なストレスにさらされます。そのことが引き金となり,生理機能が低下しやすくなり,生産性に大きな影響を及ぼします。しかしながら豚の外貌上だけでは,ストレスを受けているかどうかを判断することはできません。そこで,ストレスの程度をその場で調べるには簡易測定法で測定できる血圧値及び血糖値が適しており,安静時に近い値を保つことにより生産性が上がることが明らかになりました。これらの血圧値,血糖値を活用し,ストレス軽減環境を実現することが動物福祉の面からも今後重要になっていくと考えられます。

*コルチゾル:副腎皮質から分泌され,過剰分泌により免疫機能の低下をもたらす。