はじめに
 体細胞クローン技術(以下、クローン技術)は同一遺伝形質を持つ動物を生産できる技術として、高能力な家畜の複製、育種改良の効率化や遺伝資源の保存などへの応用に期待されています。当研究室では、ドナー牛との遺伝的相同性や発現形質における体細胞クローン牛(以下、クローン牛)同士の相似性および斉一性を利用した種雄牛造成の効率化について研究を行っており、この研究を進めていくためにも、クローン牛を効率的に作出していかなければなりません。国内で生産されたクローン牛の頭数は現在までに511頭と世界のトップレベルの生産数であり、クローン牛を生産するための技術としては一定のレベルに達したと思われます。しかし、実際にはクローン動物の作出効率は低く、クローン牛では受胎後の早期胚死滅や流産、過大子に伴うと思われる死産や生後直死が多く報告されており、これらがクローン牛の作出効率の低下を招いています。これらの現象が起こる原因の一つとして、通常の受精卵と比較したときのクローン胚を構成する細胞数の少なさが挙げられています。しかし、受精卵を複数個集合させて一つの受精卵として発生させる「集合法」をクローン技術に応用することで、細胞数を改善できる可能性があります。
 そこで今回は、集合法によって作出したクローン胚(以下、集合胚)における発生能、細胞数および受胎能の調査状況についてご紹介したいと思います。

方 法
 今回のクローン集合胚を作出するにあたり、ドナー牛として肉用牛研究所に繋養されている種雄牛候補「明安の2」の耳由来線維芽細胞を使用して、当研究室の定法により核移植を行いました。その2日後に8細胞期まで発生したクローン胚を、0.5%のプロナーゼ(透明帯を特異的に溶かす酵素)で10〜15分間処理して透明帯を除去しました。

図1:透明帯を除去したクローン胚
 その後、50μg/mlのフィトヘマグルチニン(細胞を凝集させる性質のある物質)を加えた培養液のドロップ内において、透明帯を除去したクローン胚3個を、培養シャーレの底面に針で作った“くぼみ“の中に入れて20分間接着させました。

図2:くぼみ内で接着させた3個のクローン胚
その後、IVD−101のドロップ内において、接着したクローン胚を上記と同様に作ったくぼみへ移動し、気相条件5%O2、5%CO2、90%N2でさらに5〜6日間培養しました。

図3:培養後には、1個の集合胚として発生します。

結 果
 通常のクローン胚の56%が移植可能な胚盤胞へ発生したのに対し、集合胚は95%と有意に高い発生率を示しました。総細胞数および内部細胞塊の細胞数についても、集合胚の方が有意に増加しました。

図4:集合胚から誕生したクローン牛
また、培養後の集合胚を同期化した6頭の受胚牛に移植したところ、うち4頭が受胎し、通常のクローン胚よりも高い受胎率を示しました。うち1頭から、クローン牛を作出することに成功しました。

まとめ
 集合胚に関する研究の中で、Boiani氏らの研究グループが興味深い報告をしています。このグループでは、マウスのクローン胚を2個集合させたところ、胚の細胞数が増加し、受胎率が向上したと報告しており、その要因として、クローン胚は細胞数が少なく、細胞間の情報伝達が不足していることが考えられることから、複数個集合させて細胞数を増加させることで情報伝達不足を補うことができ、その結果として発生能および受胎能の向上につながるのではないかと考察しています。マウスとウシの違いはありますが、今回の当研究室の結果はBoiani氏らと同様に、クローン胚を集合させることで細胞数が増加したことから細胞間の情報伝達が補われ、クローン胚の発生能および受胎能が向上したことを示すのではないかと考えられます。
 種雄牛造成の精度や改良効率の向上にクローン技術を応用し、優良な種雄牛の凍結精液を畜産農家に供給することで、間接的に茨城県の高能力な肉用牛の増頭、しいては畜産経営の安定化に貢献できると考えています。そのためにもクローン牛を効率的に生産する技術が必要不可欠です。今後は、今回ご紹介した集合法の有効性についてさらに検討を重ねて、効率的なクローン牛の生産技術として確立できるように、研究を推進していきたいと考えています。