1 はじめに
  昨年11月,フィリピンから帰国した男性2名が相次いで狂犬病を発症し,11月と12月にそれぞれが死亡するという最悪の事態に至りました。新聞・テレビで「日本で36年ぶりに狂犬病患者発生」などと報道され,狂犬病が改めて世間に注目されることとなりました。
  狂犬病は狂犬病ウイルスによる人と動物(哺乳類)の共通感染症で,この度の日本人男性の症例が示すように,いったん発症すると100%死に至る恐ろしい感染症です。
  長らく発生のなかった日本で,久しぶりに注目されることとなった狂犬病について,世界の発生状況や日本の発生防止対策等について簡単にお話ししたいと思います。

2 世界の狂犬病発生状況
  狂犬病は日本,イギリス,オーストラリア,台湾など一部の国を除き,世界各国で発生があり,世界保健機関(WHO)の推計によりますと,2004年の死亡者数は全世界で55,000人に達しています。そのうち,インド・中国などアジア地域が31,000人,アフリカ地域が24,000人,その他多数の国々で数名から数10名が狂犬病で死亡しています。また,犬などの動物に咬まれ,狂犬病感染のおそれがあるとしてワクチン接種(発症を抑えるための治療)を受けた人は,世界で年間1千万人と推計されています。世界では,今もって数多くの人々が狂犬病の危険に晒されています。
  狂犬病の感染源となっている動物は国によって違いがあり,アジア・アフリカでは主に犬,アメリカやヨーロッパではキツネ,アライグマ,スカンク,コウモリなどの野生動物が媒介しています。

3 わが国の狂犬病発生状況
  日本国内では約50年間狂犬病の発生はありません。人の狂犬病の最終発生は全国で昭和29年、茨城県では昭和27年です。犬の狂犬病の最終発生は、全国で昭和31年、茨城県では昭和29年です。なお、茨城県で牛の最終発生は昭和28年でした(表1)。このように,国内の発生は昭和30年代はじめになくなりましたが、昭和45年にネパールを旅行した男性1名が、現地で狂犬病に感染し、帰国後に発症・死亡するというこの度の症例と同様の発生がありました。36年ぶりの患者発生というのは、このとき以来の発生ということになります。

表1 狂犬病及び恐水病の発生状況 (S.23年〜31年)

(茨城県衛生研究所年報Tによる) ※恐水病:人の狂犬病

4 狂犬病対策
  以上のように、日本では昭和30年代はじめに狂犬病がなくなったわけですが、どのような対策がとられてきたかといいますと、戦前は家畜伝染病予防法において取り扱われていたわけですが、昭和25年に狂犬病予防法が制定され、その6年後に狂犬病は撲滅され、それ以降現在まで国内の発生は抑えられています。狂犬病予防法では、(1)国内の発生予防、(2)海外からの侵入防止、(3)発生時のまん延防止、の3つの対策が図られています。国内の発生予防対策としては、犬の登録と狂犬病予防注射が飼い主に義務づけられるとともに、未登録・未注射の犬は都道府県が捕獲・抑留することになっています。登録・狂犬病予防注射については、あとでご説明します。
海外からの侵入防止対策としては、農水省の動物検疫所において、現在、犬・猫・キツネ・アライグマ・スカンクについて輸入検疫がなされています。平成17年の検疫頭数は、犬8,309頭、猫1,377頭、キツネ2、アライグマ・スカンク0となっています。発生時のまん延防止対策としては、感染動物の隔離や飼育犬の移動制限、検診など家畜伝染病予防法の法定伝染病と同様の対策がとられることになっています。
  本県においては,平成18年3月に県が茨城県狂犬病対応マニュアルを作成し,県内で狂犬病が発生した場合でも,迅速に初期対応ができるようにしています。

5 犬の登録・狂犬病予防注射
  狂犬病予防法では、生後91日以上の犬を取得したときは(90日以内の犬の場合は90日を経過した日から)、30日以内に市町村長に登録を申請するとともに、狂犬病予防注射を受けることが義務づけられています。また、その後は毎年1回(4月〜6月)狂犬病予防注射を受けることになっています。
  近年のペットブームにより、犬の飼育頭数は年々増加傾向にありますが、厚生労働省の平成17年度の統計では、全国の犬の登録頭数は653万頭余りとなっています。このうち狂犬病予防注射を受けた犬は483万頭余りで、予防注射実施率は74.0%となっています。ただし、未登録の飼い犬も含めた実際の飼育頭数は登録頭数の約2倍の1306万頭との推計もあり(ペットフード業界団体の推計)、実際の予防注射実施率は40%を割っていると考えられます。
  茨城県においても登録頭数は年々増加していますが、予防注射頭数はここ数年横ばい状態で、平成17年度は、登録頭数192,384頭に対し予防注射頭数は131,033頭で、注射実施率は68.1%と数値的にはなりますが、ペットフード業界団体の全国推計値により注射実施率を補正すると30%台に落ちていることになります(図1)。WHOの勧告では、狂犬病の流行を防ぐには少なくとも70%以上の注射実施率が必要としており、30%台というのは狂犬病が国内で発生した場合には,撲滅にかなりの時間を要するものと予想されます。
  県獣医師会では、従来から、市町村との連携・協力のもとに、毎年4月から6月に各市町村に設定した集合注射会場(今年度約3,000ヶ所)において犬の狂犬病予防注射を実施し、さらに秋にも集合注射を追加実施するなど、飼い主の便宜を図りながら、登録・予防注射の促進にあたっています。

6 最後に
  日本国内から狂犬病がなくなって半世紀が過ぎた現在、犬の登録や狂犬病予防注射に対する関心は決して高いとは言えません。一方で、お隣の中国や韓国などアジア諸国をはじめ世界各地では、今なお狂犬病感染動物の危険に晒され、死亡する人や予防・治療のためにワクチン注射する人が大勢います。犬の予防注射による段階で人の狂犬病を予防できているのは日本だけだと言われています。犬の狂犬病予防注射は,愛犬を狂犬病から守るばかりでなく,社会全体を狂犬病の恐怖から守ることになります。

図1 犬の登録・狂犬病予防注射頭数の推移(茨城県)

(茨城県衛生研究所年報Tによる) ※恐水病:人の狂犬病