1.はじめに
 古来より作物生産にとって堆肥は万薬として使われてきた。しかし、近年農業経営形態の専門化によって自家製堆肥の施用が減少して久しい。 一方で堆肥の原材料である畜産廃棄物が環境問題に発展するケースもみられ、有効活用が望まれている。畜産廃棄物であるふん尿は堆肥化によって、高品質農産物の生産と地力維持発展に欠くことの出来ない資材である。そこで堆肥を巡る諸問題について、また、家畜ふん尿を良質堆肥にするためにはどうすべきかについて述べたい。
2.堆肥施用農家の減少と質の変化
 県農業研究所土壌肥料研究室が全県を対象に行っている「土壌機能実態モニタリング調査(農水省)」において、土壌調査や堆肥の施用などを聞き取り調査している。その結果から堆肥施用農家の推移を表−1に示した。これによれば昭和54年から58年の5年間に調査した290戸の農家の内70.7%の205戸の農家が施用している。しかし、年々堆肥の施用農家が減少し、調査開始15年以降の平成6年から平成10年の5年間に調査した農家259戸中堆肥を施用した農家は137戸で施用の割合は52.9%に減少している。さらに平成11年以降調査継続中であるが堆肥施用農家は38.8%に激減している。

表-1 普通畑に対する有機物の施用農

昭54〜58 昭59〜63 平元〜5 平6〜10 平11〜
調査農家戸数 290 217 291 259 80
有機物施用
戸数
205 140 162 137 31
有機物施用率 71% 65% 56% 53% 39%
茨城農研土肥研:土壌機能実態モニタリング調査(農水省)より

 それでは堆肥を施用している農家の堆肥の種類について表−2で見てみよう。稲わら・米ぬかやダイズ殻・くずダイズ・生ゴミ・家畜ふん尿など従来から云われてきた堆肥は、昭和54〜58年当初は堆肥施用農家戸数205戸のうち57戸が使用していた。しかし、年々減少し、平成6〜10年には137戸中19戸と減少している。自作堆肥の減少を物語っている一方、家畜ふん尿を主体のきゅう肥は当初93戸が施用し、堆肥施用農家の45%で最多である。59年以降50戸台であるが、施用堆肥の種類の中では最多で、施用農家の30〜40%台となっている。その他麦稈・稲わら主体の従来からの堆肥は、平成5年までは20戸台で自作堆肥を伺わせるが、平成6〜10年には16戸に減少している。

表-2 普通畑に対する施用有機物の種類 (戸)
年 次 堆肥 もみがら きゅう肥 おがくず
混合堆肥
麦稈・
稲わら
昭54〜58 57 3 93 8 20 181
昭59〜63 56 1 52 8 27 124
平元〜5 14 7 50 35 23 129
平6〜10 19 6 59 16 16 116
茨城農研土肥研:土壌機能実態モニタリング調査(農水省)より

 以上、堆肥の施用は年々減少し、堆肥の種類も従来からの自作堆肥から家畜ふん尿主体の堆肥へと替わっていく傾向が認められる。
 従って、今後耕種農家は堆肥の給源を畜産農家に依存する度合いが益々深まるものと思われ、畜産農家の協力が不可欠になるものと考えられる。これにより、畜産農家もまたより良質の堆肥生産が求められる。
3.耕種農家にとって良い堆肥とはどんなもの
 作物生産にとって良質の堆肥とはどんなものだろうか?まず、@作物に障害がないもの、すなわち、本来作物に吸収されるべき窒素成分が、施用した堆肥に窒素が取り込まれ作物が窒素飢餓に陥ることがある(堆肥中の炭素含有率と窒素含有率の比率、C/Nは20以下が望ましい)。A作物に有害な病原菌が含まれないもの。B雑草の種子を含まないもの、飼料に混入した外来の雑草種子が近年問題となっている。C水分が低く取り扱いやすいもの。D悪臭のしないものである。その外にE有害重金属
などを含まないものなどである。さらに加えるなら安価なものであることも必要。これら@からDは堆肥製造過程で発酵によって改善されるため堆肥の作り方が良否を決めることになる。 4.家畜ふん尿の構成とその働き
 家畜ふん尿の中にはカルシウムやマグネシウム、窒素、リン酸などミネラル成分や肥料成分、有機酸・糖・タンパク質などの易分解性有機物と土壌の腐植の素になる難分解性有機物の3成分からなっている。ミネラル成分や窒素・リン酸は微生物の栄養になる一方、作物栄養として有効に利用され、さらに土壌の養分を高める。易分解性の有機物は速やかに微生物の栄養源(炭素・窒素など)として利用され、土壌微生物の多様性に貢献しており、作物に有害な悪玉菌の爆発的な増殖を抑制している。また、易分解性有機物の分解産物は肥料成分として利用される。次に、難分解性有機物は土壌の腐植の素となり、団粒構造の生成や保肥力・透水性・保水性の向上に役立ち、土壌の状態を改善し、いわゆる地力の増進に役立っている。しかし、これらの地力増進効果は短期間で期待されるものでなく、堆肥化したものを、長期間継続的に施用されなければならない。
 我が国農耕地の地力維持増進を目的とした「地力増進法」に基づく地力増進基本指針において、堆肥の施用量を普通畑で反当1.5〜3トンと定めていることからも、地力の維持増進に堆肥の施用が必要であることをうたっている。
5.良質堆肥を作るために
 良質堆肥を作る基本は発酵である。発酵条件としてまず炭素率(C/N)を30以下が目標である。今日的堆肥原料である牛、豚、鶏のふん尿は生の状態でも20以下のものがほとんどである。ただし、おがくず入りのふん尿は30以上のものがあるので注意が必要である。従って炭素率だけから見れば、水分を飛ばしてしまえば立派な堆肥にみえる。しかし、これでは良い堆肥とはいえない。さきにも述べたように、良い堆肥にするためには発酵と言った過程が絶対必要である。しかも酸素の豊富な条件での発酵が不可欠で、酸素不足では発酵が進まず逆に作物にとって有害な成分の生成がおこる。では発酵時に何が起こっているのか?すなわち発酵の初期段階は、主にふん尿中(家畜の未消化吸収成分)の易分解性有機物が微生物によって一斉に分解され、炭酸ガスと水に分解される。この分解過程の微生物活動によって発熱する。その結果この熱によって有害菌やふん尿中の雑草種子が死滅したり、水分が蒸発し結果として取扱いが容易となる。原料の形状や色などからさらに発酵が必要であれば、切り返しによる酸素の補給・水分の補給により発酵を繰り返す。この発酵過程では酸素を好む微生物、好気性微生物が主役で、通気性が悪い内部ではすぐに酸素不足になってしまい、活動できず分解はストップしてしまう。すると、嫌気性微生物の働きによって、有機酸系や硫化水素・アンモニアなどの悪臭が発生する。これを防ぐために、空気が入りやすいように水分調整をしたり、途中で切り返しや撹拌によって通気をすることが重要である。
 以上のことから、家畜ふん尿の堆肥化の主たる目的は易分解性有機物の分解を進めて、施用後に激しい分解による有害物質の発生を軽減させることに意義がある。
 発酵を経ない鶏ふんを大量に施用してガス害を引き起こした例を紹介しよう。作物は半促成(2月定植・パイプハウス)のナスである。ナスは元々多肥を好む作物であるため乾燥鶏ふんを施用した。ところが地温が上昇してきた4月になり亜硝酸ガスが発生し葉に大きな被害を発生、回復まで大幅に遅れ大きく減収したケースである。これは使う側の問題として量と気密性の高い施設であったことであるが、鶏ふんの側の問題点は未発酵であったため、易分解性の有機物が温度の上昇に伴って一気に分解し有害ガスが発生したものである。
 以上の例からふん尿の使い方はもちろんであるが、発酵によって易分解性有機物の分解を進めておくことが如何に大切であるかが解る。
6.おわりに
 現在本県も他県と同様に、農業担い手の高齢化、後継者不足、農産物価格の低迷など農業を取り巻く環境は依然厳しい。しかし、高品質農産物の生産基盤である地力の維持増進は永遠の課題であり、それを解決する有力手段の一つが堆肥の継続的施用である。今後とも畜産農家の良質堆肥の供給に期待したい。