私たちはいつもストレスを受けながら生活しています。ストレスが溜まってくると精神的にイライラしたり体調を崩したりします。ではこのストレスの原因は何でしょう。気温が高い、低い、排気ガスで空気が汚れている、風邪に罹った、家で奥さんに小言を言われた・・・。すべてストレスの原因と成り得るもので、これをストレッサーと呼びます。学問的に分類すると、最初の気温の高い低いは物理的ストレッサー、排気ガスは化学的ストレッサー、風邪は生物学的ストレッサー、奥さんの小言は精神的ストレッサーとなります。しかし、ストレッサーはある範囲内では有効に働きます。例えば気温の場合、ある程度暑かったり寒かったりした方がいい刺激になったり、少しくらいなら汚れた空気も気管の絨毛運動を活発にし病原体に対する抵抗力を高めたりします。たまになら奥さんの小言でさえ精神的に強くなる素?に成り得ます。これが過度になると悪い方向に働くのです。豚の場合ですと、尾かじりや胃潰瘍、抗病性の低下などが考えられます。この過度のストレ ッサーを出来るだけ押さえた状態を至適ストレスと言って、生活に最適な環境と言えます。私たちは豚の至適ストレスを調査するため平成16年度から試験を開始しました。
 豚はものを言いません。ですから、今までは何がいやなのか、どうして欲しいのかを私たちの経験から想像し判断してきました。ですが、これでは本当の答えは見つかりません。この試験はまず、豚がストレスを感じたときどのような反応を示すのかを客観的に捉える方法(ストレス指標)を模索することから始まりました。ヒトの場合、病院に行くとまず問診し、脈拍をとり、体温、血圧を測って、場合によっては血液の検査をします。豚も同様にすればストレスの程度がわかるはずです。まず、問診・・これはちょっと無理なので、豚の表情、行動を観察することにより推測します。脈拍と血圧ですが、脈拍は心臓の鼓動(心拍)を計ればいいですが血圧は困難です。血液検査はある程度可能と言うことで試行錯誤しているうち、手首用デジタル血圧計なるものを知りこれを応用できないか考えました。確かにヒトの手首に相当する前足首では測定できませんが、尻尾の付け根付近であれば測定可能であることが分かりました。しかも、脈拍(心拍数)も自動測定してくれるのです。ただし、70〜80以下の豚では尻尾が細く測定できませんでした。これを利用してストレス指標試験を行いました。
【手首用デジタル血圧計による尾根部血圧測定〜】
 まず、豚がストレスになると思われるものをします。豚の鼻をワイヤーで縛り引っ張ると豚は動けなくなり、大声で唸り、怒った顔をして全身を後ろに突っ張ります。これは豚の治療や採血するときに行うもので、鼻保定と言います。このときワイヤーによる物理的ストレッサーと、動けない(恐怖)と言う精神的ストレッサーが試験豚に作用します。検査は鼻保定前(安静時)、鼻保定中(30分間)及び鼻保定後の脈拍、血圧、体温、血糖値、ヘマトクリット値、ヘモグロビン、白血球数、急性糖蛋白、活性酸素などを測定し比較しました。因みに豚の安静時における脈拍と血圧はどのくらいなのでしょうか。所内飼養成豚63頭を測定したところ平均脈拍は1分間に86回、平均血圧は上が113.2mmHg、下が78.5mmHgでした。ヒトの正常血圧は上が130mmHg未満、下が85mmHg未満(高血圧治療ガイドライン2000より)ですから豚はちょっと低めです。
  ところで、ストレス指標試験ですが、10頭試験して、血圧では、鼻保定前が平均で上が112.1mmHg、下が78.7mmHgだったに対し、鼻保定中には上146.9mmHg、下91.5mmHgに上昇し、血糖値も鼻保定前48.5/に対し鼻保定後は62.0/と高値を示しました。逆にヘマトクリット値(血液中の血球の割合)は鼻保定前39.2%に対し鼻保定後は34.4%に減少しました。
 
表1 鼻保定前・中・後の血圧、血糖値、ヘマトリック値の変化

鼻保定前 鼻保定中 鼻保定後
血 圧
(mmHg)
112.1 146.9 110.1
78.7 91.5 64.5
血糖値(mg/dl) 48.5 48.1 62.0
ヘマトクリット値(%) 39.2 39.2 34.4

 しかし、脈拍数、体温、ヘモグロビン、白血球数、急性糖蛋白、活性酸素などは血圧や血糖値、ヘマトクリット値のように明瞭な変動は見られませんでした。これらの結果からストレス指標の簡易測定法としては血圧及び血糖値が適しているものと思われます。
 今後、ストレスの原因になると言われている密飼いや、ストレスが少ない飼育法として着目されている放牧養豚などについてストレス指標を測定し、豚が幸せに暮らせる環境について検討していく予定です。