1 はじめに
 乳牛は遺伝的改良が進められ、泌乳能力が大幅に向上してきており、酪農経営においては、いかにその能力を発揮させるかが重要となっております。一方、乾乳期は、分娩・泌乳開始へとスムーズに移行するための準備期間としてとらえられ、泌乳期と同様に適切な飼養管理が求められます。1999年に改訂された日本飼養標準・乳牛(以下、日本飼養標準)では、乾乳期において妊娠末期の維持に加える養分量は、分娩9週前から4週前までと、分娩3週前から分娩までとに分けられ、妊娠末期に養分要求量が高まるという実状に沿って算出されるようになりました。
 この「移行期」には、養分要求量が急増しますが、代謝機能が変化したり、胎子の急成長による消化管の圧迫などから食欲は減少してしまいます。しかしながら、この時期の栄養摂取量は、分娩後の産乳性および繁殖性などを左右するといわれています。このため、分娩3週間前から第一胃発酵を濃厚飼料に適応させ、分娩後の養分吸収効率を高めて高泌乳に備えるリード飼養法が広く知られています。しかし、これは可消化養分総量(TDN)水準を中心としたエネルギーベースの考え方で、もう一つの重要な栄養素である蛋白質給与水準については、国内外においても研究例は少く、また意見が分かれている部分もあり、確立されるには至っていません。
 私たちの研究グループ[茨城、熊本、他全10場所及び助言者として(独)畜産草地研究所家畜生理栄養部が参加]では、分娩前後の飼養管理に関する一連の研究に取り組んでおり、今までバイパスメチオニンの添加効果などを確認してきましたが、平成11年度から取り組んでいる「移行期における蛋白質給与水準の相違が乳牛の健康、産乳性および繁殖性に及ぼす影響について」成績がまとまりましたので報告します。
2 材料および方法
 供試牛は9場所が繋養しているホルスタイン種で、高泌乳牛(補正乳量で9,000kg(前産の記録から推定))を、2年間にわたり延べ70頭、初妊牛は分娩月齢が平均25.5ヶ月齢、試験期間は分娩前後の23週間とし、分娩予定の9週(63日)前から4週(22日)前までを乾乳前期、分娩予定の3週(21日)前から分娩までを移行期、分娩後5日目から分娩後14週(102日)後までを泌乳期としました。
 試験区の設定は、移行期の蛋白質給与水準の異なる2区を設けました。経産牛では、日本飼養標準による粗蛋白質(以下CP)の「成雌牛の維持に要する1日当たり養分量」に「分娩前3週間に維持に加える1日当たり養分量」を加えた要求量の110%を充足するよう飼料を給与する区を低CP区、140%給与する区を高CP区(同15.3%)としました。初妊牛は「育成牛に要する1日当たり養分量(増体日量0.3kg)」を加味し、経産牛と同様に区を設定しました。
 分娩後4日間は原則として分娩直前の給与量を維持し、配合飼料に関しては移行期と泌乳期で用いた配合飼料を1:1の割合にしました。分娩後5日以降は自由採食としました(表1)。
 基本となる飼料は、チモシー乾草とアルファルファヘイキューブで、各試験区用に設計したCP含量飼料をそれぞれ混合し、TMRとしました。
3 結果および考察
 1)体重、飼料摂取量および産乳成績
 分娩前9週間における経産牛のCP摂取量は、平均で低CP区が1.14kg/日(充足率118%)、高CP区が1.23kg/日(同127%)となり、有意な差がありました(P<0.01)。また、移行期のCP摂取量は、低CP区で1.17kg/日(同113%)、高CP区で1.42kg/日(同137%)となり、ほぼ試験設計どおりに試験区間の差が設けられました。
  分娩後14週間におけるTDN充足率は、期間を通して高CP区の方が低く推移しており、低CP区が102%に対して高CP区は98%となり、乳量の多い牛ほどエネルギー摂取量が不足傾向にあったと考えられます。
 分娩後の基礎体重比については、低CP区が99%、高CP区が97%、初妊牛では97%、95%となり、高CP区は体重の回復度合いがやや遅い傾向(P<0.10)にありました。また、初妊牛では高CP区が、低CP区よりも緩やかに体重の減少が生じました。

 平均乳量は経産牛の低CP区が37.8kg、高CP区が40.4kgで高CP区の方が多い傾向にありました(P<0.10)。初妊牛では有意な差はありませんでした。分娩前の移行期に高蛋白質飼料を与えた時、経産牛の乳量が増えたという報告は少なく、本研究では分娩前の蛋白質摂取量の違いが、乳量に影響したのではないかと推測されます。
 2)消化試験および血液分析値
 経産牛の窒素蓄積量(摂取量・排泄量)をみると、高CP給与により増加はするものの、それ以上に尿中窒素排泄量が増加することが明らかになりました。
一方、初産牛では尿中窒素排泄量の増加が少なく、飼料中のCP含量を高めると、尿中排泄量の増加よりも窒素蓄積が増加し利用性が高まること、つまり増給した粗蛋白質が母体および胎子へ効率よく蓄積するものと考えられました。
 血液検査の結果は、特に異常な値は認められず、正常な範囲内での変化を示しました。
 初任牛における脂質代謝の影響を受ける血中遊離脂肪酸(NEFA)は、分娩時、分娩後1週目および分娩後3週目の値が、低CP区で559、611および271μEq/lと推移したのに対し、高CP区では636、542および342μEq/lとなり、低CP区では分娩後1週で上昇し、3週目に低下するのに対し、高CP区は分娩直後から分娩後3週まで徐々に低下していくことが認められました。これは、体重の変動と一致しており、低CP区では分娩直後から泌乳1週までの短期間に脂質代謝が活発化し、大量の体脂肪の動員が生じたためによる急激な体重の減少が伺われ、高CP区では緩やかに脂質代謝が行われた結果と推察されました。
 3)繁殖成績
 受胎率については、経産牛の高CP区で悪い傾向にありました。繁殖成績に影響を及ぼす要因としては、飼料中の蛋白質の過不足もあげられていますが、本研究において、蛋白質代謝の指標となる飼料中のCP含量、移行期の尿のpH、乳中尿素および血中尿素態窒素など蛋白質摂取量が特に過剰であったといえる値はなかったことから、高CP区では乳量が高かったため産乳に費やしたエネルギーが多く、分娩後のエネルギー収支が負の傾向にある期間が長く続いたことが、繁殖機能の回復を遅らせた可能性が考えられました。
4 まとめ
 本研究において、経産牛では分娩前の移行期にCP含量の高い飼料(15.3%)を給与すると、泌乳期において産乳性が向上することが示唆されましたが、生産現場において推奨される移行期の飼料中CP含量は、経産牛については本研究の低CP区12.7%に近い、NRC乳牛飼養標準で推奨されている12%程度とするのが望ましいと考えられました。
 一方、初妊牛では移行期にCP含量の高い飼料(14.1%)を給与により、産乳性の向上および分娩後の体重の減少が緩やかになることが示唆され、初妊牛の移行期のCP含量は、14%程度とするのが望ましいのではないかと考えられました。
 初産牛の泌乳期間中には、日本飼養標準で示される維持に要する養分量130%増給が推奨されておりますが、今回の試験成績からも判るように、TDN充足率は90%に留まりました。乳牛の平均産次が低下し初妊牛管理の重要性が高まるなかでは、初産牛の泌乳期をどのように飼養するかがの技術が必要であり、現在泌乳初期のエネルギーと蛋白水準の検討する試験を行なっています(泌乳期TMR飼料中TDN濃度(DM中)は74%と78%の2段階です)。
 この初産牛の結果については、今後試験成績がまとまり次第、報告したいと思います。