はじめに
 クローンとは、「1個の細胞あるいは個体から無性生殖によって増えた、全く同一の遺伝子をもつ細胞群あるいは個体群」という意味です。動物においても、一卵性双子のように、まれにではありますが、全く同じ遺伝情報を持った複数の個体が誕生することはあります。しかし、これは偶然によるもので、クローンを人為的に誕生させる技術がクローン技術です。普通の動物では、新しい生命が誕生するには、卵子と精子が受精することが必要ですが、このクローン技術を利用すれば、受精というプロセスを経ることなく、生命を誕生させることができます。
 クローン技術は、大きく分けて受精卵クローンおよび体細胞クローンの2つに分かれています。受精卵クローンは、マウス、ヒツジ、ウシ、ラット、ウサギ、ブタ、ヤギ、およびサルで成功しており、受精後8〜16細胞期まで発生した受精卵の細胞を1つ1つにわけ、ドナー細胞として使用します。しかし、必然的に8〜16頭のクローン牛しか作ることができず、クローンの数としては限界があります。もう一方の体細胞クローンは、ヒツジ、マウス、ウシ、ヤギ、ブタ、ミニブタ、ウサギ、ネコ、ラバ、ウマ、ラットおよびシカで成功しており、皮膚などの体細胞を継代培養して増やしながらドナー細胞として使用できるので、できるクローンの数は理論上無限です。これらの成功例の中で最もセンセーショナルであったのが、1997年にイギリスで、世界初で初めて成体からの体細胞を使用して誕生した、クローンヒツジ「ドリー」ではないでしょうか。これを契機に、日本でも全国の研究機関で、体細胞クローンの研究が牛を中心にして進められていきました。その結果、1998年に世界初の体細胞クローン牛が日本で誕生しており、現在までに全国で約360頭の体細胞クローン牛が誕生しています。
 クローン技術を家畜に応用すると、以下のようなことが期待できます。
(1) 能力の高い家畜のクローンを増やすことで、高品質で安全な畜産物(肉や牛乳など)を安定的に供給することが可能となります。
(2) 家畜の育種改良において、その期間の短縮、コスト削減および精度を向上させることができます。
(3) 絶滅が危惧されている希少動物などの体細胞を、遺伝資源として保存しておけば、クローン技術を使って復活させることができます。
(4) 人間に有用な遺伝子を動物の遺伝子に組みこみ、その動物の生産物から有用な物質を生産させ、医薬品の生産に用いることができます。
(5) クローン技術は畜産分野だけでなく、生物学や発生学などの基礎的研究分野にも応用することができます。

 当センターでは、平成12年度からクローン家畜、特に体細胞クローン牛の生産に係る技術的課題を検討し、その生産を試みてきました。ここでは、その研究の概要を紹介します。

どのようにして体細胞クローン牛をつくるか
1.卵子の成熟培養
 食肉処理場由来卵巣の小卵胞から、注射器を用いて卵丘細胞-卵子複合体を吸引します。卵子の周囲に卵丘細胞が密に付着しているAランク卵子のみを選別し、10%の牛胎児血清(FCS)を加えたTCM199培地で38.5℃、5%CO2で18〜24時間培養し、卵子を成熟させます。
2.卵子の裸化および除核
 成熟培養した卵丘細胞−卵子複合体の卵丘細胞を、0.1%ヒアルロニダーゼ液中でピペッティング操作により除去し、卵子を裸化します。これらの裸化卵子のうち、第一極体を放出して第2減数分裂中期まで成熟しているもので、かつ細胞質の均一なものを選び、卵子の核を除去(除核)します。透明帯に切れ目を作った後、極体とその周辺の細胞を作った切れ目から押し出すことで、除核できます。さらに押し出した部分を、ヘキストという特殊な染色液で染色し、紫外線をあてて観察すると、除去されている極体および核が確認できます。除核が確認できたものを、レシピエント卵子として使用します。


極体およびその周囲の細胞質を押し出して
除核しているところです

3.ドナー細胞の準備
 体細胞クローンのドナー細胞としては、卵丘細胞、卵管上皮細胞や、上皮由来線維芽細胞など様 々な由来の体細胞が使用されていますが、当研究室では、耳由来線維芽細胞を継代培養したものを使用しています。10%のFCSを加えたD−MEM培地でシャーレ一面に増殖するまで培養し、さらに細胞周期をG0期に調節するため、0.5%のFCSを加えたD−MEM培地で1週間ほど血清飢餓培養を行います。使用当日には、シャーレから細胞を剥離して、ドナー細胞として使用します。
4.ドナー細胞の挿入
 用意したドナー細胞を除核した卵子の囲卵腔へ、卵子の細胞質に接するように挿入します。


ドナー細胞を除核した卵子へ挿入しています

5.細胞融合
 融合液の中にドナー細胞を挿入した卵子を入れ、融合装置に接続されたニードル状の融合電極を2本使用して、レシピエント卵子とドナー細胞を軽く挟み、微量な電気を流して電気融合を行います。融合条件は直流パルスで25V/150μm、10μsec×1回です。30分〜1時間後に観察し、挿入したドナー細胞が確認できなければ、融合が成功したことになります。
6.活性化処理および発生培養
 融合した卵子を、シクロヘキシミドおよびサイトカラシンDを加えたIVD101培地で活性化処理を行います。その後IVD101培地において38.5℃、5%CO2、5%O2で7〜8日間培養します。

移植可能な状態にまで発生したクローン胚(培養7日後)

7.移植
 移植可能な状態まで発生したクローン胚は、当センターで繋養しているホルスタイン種および交雑種などの受胚牛に移植されます。受胚牛の発情終了後7日目に、クローン胚を1頭あたり1胚移植します。妊娠診断は移植後30日目と60日目に超音波診断装置で行い、胎子の心拍を超音波像で確認することで、受胎の有無を判断します。
8.分娩
 クローン牛の分娩は,分娩時の事故を防ぐために受胚牛に分娩誘起を行い、帝王切開で分娩させます。

現在の状況
 当センターでは現在、同じドナー牛由来のクローン牛が2頭繋養されています。それらに対しては、ドナー牛や通常の黒毛和種雌牛と比較した場合の、発育能力や繁殖能力における正常性に関する調査が行われています。これまでの研究の成果によって、以下のような結果が得られました。
(1)クローン牛のDNAを調べた結果、ドナー牛のDNAと同一であることがわかりました。
(2)クローン牛の体重および体高を測定した結果、クローン牛はドナー牛と比較して、ほぼ同様に推移することがわかりました。また2頭のクローン牛の間でも、大きな差は認められませんでした。
(3)同月齢の黒毛和種雌子牛を対照としてクローン牛の血液生化学的検査を行い比較したところ、正常でした。
(4)2頭とも19ヶ月齢で春機発動が認められ、その後も定期的に発情が確認されています。
(5)2頭に対して人工授精を行った結果、2頭とも受胎が確認できました。
(6)うち1頭は今年の2月に無事子牛を分娩しており、子牛も順調に発育しています。また、通常の黒毛和種雌子牛を対照として子牛の血液生化学的検査を行い比較したところ、正常でした。
 以上の結果から、クローン牛はドナー牛と同じ遺伝情報を持ち、体重や体高も、ドナー牛とほぼ同様に推移することがわかりました。さらにクローン牛も、通常の牛と同様に発育および繁殖できることがわかりました。


当センターで繁養している2頭の体細胞クローン牛「きく」と「ゆり」


体細胞クローン牛「ゆり」とその後代「ゆり子」

今後の予定
 この体細胞クローン技術を、優良家畜改良の効率化(特に種雄牛造成)に応用することで、
1.検定に必要な期間が短縮できる
2.精度が向上するため、現行の方法より検定頭数を減らすことができる
3.検定にかかるコストを削減できるなどが期待できるといわれており、一部の研究機関では、既に検討が進められています。
 当センターでは、4月18日に体細胞クローン牛「さくら」が新たに誕生しました。これは、ドナー牛に当センターで繋養している黒毛和種雌牛「よしひかり5」の耳由来線維芽細胞を使用しており、当センター独自のクローン牛としては初となります。また、このクローン牛は、「アルミプレートガラス化法」という特殊な方法によって、一度超低温保存したものを使用しています。この方法で保存処理することによって、凍結保存に弱いとされている、クローン胚をはじめとする体外操作胚を、その生存性や受胎性を損なうことなく保存することができる可能性があります。今後は、この方法を普及させるべく、更なる試験研究を進めていきたいと思います。
 また、新たなクローン牛が7月に誕生する予定です。4月に誕生した「さくら」や新しく生まれたクローン牛に関しても、現在繋養されているクローン牛同様、発育および繁殖能力の調査などを行い、ドナー牛との相似性およびクローン牛の正常性を確認していきます。今後は、これらの成果をもとに、本県における種雄牛改良の効率化に、この体細胞クローン技術を応用できないか、検討していく予定です。


体細胞クローン牛「さくら」とそのドナー牛「よしひかり5」